面白い。
 世は常にギャグのようで、同時にトラジェディーのようでもある。それがどうしても面白いんだ。
 たとえば彼が壁を殴って壊した時も、不注意で自損事故を起こした時も、『トムとジェリー』を観ているかのようだった。
 表情が無いんじゃないかってくらいおんなじ顔してる奴ばっかのここだけど、ぼくはそんなの違って気持ちがある。きっとぼくだけに与えられた特別な使命なんだ。誇り高いなにかなんだ。ぼくは楽しい時には笑うし、腹の立つ時には笑いをやめるし、悲しい時には微笑む。嫌いな奴が痛い目に遭うのはとことん愉快だし、こうやってちゃんと使い分けているんだ。
 意味はない、とアイツは言ってる。不貞腐れて言ってる。馬鹿馬鹿しいね。不機嫌になるだけなら赤ん坊だってやってるのにさ。
 疲れてないか、ってアイツは言ってる。笑顔は幸せになるんだろう?それが悪いことのはずがないだろ?

 ぼくは結構不注意で、あの黒くて透明な池に、足を滑らせて落ちることがあるんだけど、そんな時に目をつむって丸まると、寒くなくて、悲しいことも流れていっちゃう。水に融けてわけわからなくなる。それで笑えてくるからさ、やっぱり幸せだよね。笑えるって。
 怒ってるなんて損だろ。もったいないなあ。つらくないの。






 目が覚めると、泣きたいくらいの哀情が、天に吐いた唾のように降り注いだ。指で口角を上げて笑顔を作ってみる。大丈夫。今日はまだ大丈夫。
 怒りたくないから、薬を飲んで、ふらっと家を出て、ふらふら歩き回って、ふらんふらんで帰る。そうして薬を飲み忘れて床に着いた。
 そうしてまだぼくは真っ黒な水の底に墜ちていける。油絵具をキャンパスに直接塗り付けたような、黒の空海に挟まれて、ぼくは夢に降り立つよ。