割と気合入れて書いた記事が不評だと凹む





というのは半分冗談で
気合入れて書いた記事なんてほぼ無いし
本音とか垂れ流したものほど評価ってされないもんだよね
音楽とかでもね




最近は記事の下書きにやりたいことどんどん溜めてて
だけど何にも手をつけられてない状態


やることがあるのもそうだけど
自分で見てても面白くなくて

やるからには誰が評価してくれなくても自分が楽しいってことをやりたいってのが方針だけどさ
全然面白くねー

なんていうかくすぐられるものはあるんだけど
上手いこと書けない
絵と同じかな
想像してるものをそのまま絵にできないのと同じ



あと最近恋愛ネタにハマっててね
でもわたし経験浅いから
長らくしてないし
今後もする気ないし
ハマってるのに書けない感じ
モヤモヤする


そんな時にコレサワ聴いて少し気分マシになったりはするけど




コレサワといえば
アルバム購入者特典サイン会行ってきたよ

初めてだけどよく見る被り物で握手もしてもらった
俺は詳しくないから何にも伝えることなかったけど
行列の長さ見て人気を再認識したよ
半分以上は女性だったね






なんかさ
なんとなく切ないから月曜日余裕見てキャスで喋ると思うわ

寂しいっていうか悲しい
いろんなこと
1つ前の記事のこととか
上手くいかないこととか

泣きたいほどじゃないけど
なんか
やっばり自分が整理できる場所がないってつらいな

アニデレ観たからセンチメンタルになってるのかもね
あと最近悲しいこと嫌なことをよく目にするから
うざったく思ってるのかも
いろいろ
ほんとネットでの議論はマイナスにしか働かないね
不毛どころか害虫まみれだもんな
栄養素食われちまうよ


今の時代わかりやすくしないと評価されない
とかさ
そんなのアートじゃねーよな
つまんねー時代





それにしても疲れたな
今からでも酒飲みたいくらい

連休だってのにそれさえできないなんてね
つまんねー人生

いや人生がつまらないから酒飲むのか





疲れたな
ほんと

失望




http://realtheukon.hateblo.jp/entry/2018/09/17/194531

これの続きみたいな話です







付き合った彼女から薦められて
めちゃくちゃ好きになったものというのがいくつかあったりする

最たる例はVOCALOID


そうやって好きになったものを
俺は俺が嫌にならないペースで好きになり続けてたりする
そうならなかったものもあるけど

VOCALOIDは好きになって10年経った


実はアイドルマスター シンデレラガールズ
当時付き合ってた彼女が切っ掛けで好きになった
今でもまだ知ろうとする途中である



そしていつもその時は訪れる
俺が深くハマった作品ほど
それを薦めた人間は俺より先に冷めるんだ

それは両方が女性である
まぁそれは性別ではなく性格の問題だけど



その時俺は失望する
俺に教えを授けた師が
くだらない、とそれをビリビリに破くのを目の当たりにして
やり場のない怒りと
途方のない悲しさと
冷静に侮ってしまう

もうコイツから取れるものはないんだな
もうコイツから生まれるものはないんだな
もうコイツはあの時の人間とは違うんだな
コイツはあれだけ好きと言っていたものを捨てられるんだな

俺もそんな感じに簡単に捨てられるんだろうな



俺自身が熱しやすく冷めやすい人間な分
長続きしているものにはそれなりに想いが乗っかるからかな
結局他のコンテンツに対しては自分もそんな風にしてるのかもしれない
いや飽きるコンテンツなら最初からハマらないことのが多いんだけど

冷めることなんて責めようがないんだけど
それでもどうしても腹が立ってしまう
だって俺の一部を作ったコンテンツを教えてくれた人間が
それを軽視していたら
俺はどうしたらいいんだ


冷めるのはまだしも
冷めたのをわざわざ主張してくるなんて
無神経だと感じないのか?




じゃあ彼女と別れたのはそれが原因かと言われたらそうじゃない
それは別なんだけど
共通してあったのは
自分が辞めたコンテンツに対して
こちらにも同じように邪魔なものを捨てるように強制してくることが更に耐えられない
自分にとって大切じゃないことや
旬の過ぎたものは捨てるように促してくること
どうにかしているんじゃないかと思う
自分は冷めたから
他人の興味に対しては軽視してもいいって言うのか


これが前々に記事で書いた
流行に抗わない女性の性質だというなら
心底「無理だ」と
そう感じてしまう




そんな場面を
今日また見てしまった
俺の話じゃないが

他人を沼に嵌めといて自分はサヨナラ
それをわざわざ声を上げて発表したり強要したり
それが捨てられる場面を目の当たりにしたり


信じられない
わからないようにやらないのか
黙って去れないのか
負い目を感じないのか
信じられない

自分が時間をかけた絵をティッシュ代わりに使われた気分だ
ふざけやがって






だからこそ女性がコンテンツを衰退させるという意見は反対できない
つまりその固定したコンテンツに長く留まってくれないと感じるわけ




少し話はズレるけど
不思議なことに女性が生み出したコンテンツは息が長いと個人的には思う
他から介入してくると衰退させることが多いんじゃないかと思う
前に言った燃える性質の話





俺が無神経が嫌いな理由は
自分が固執する性格だからなんだと思う
その反動で固執することを理解できないのに恐怖を覚えるんだと思う




断捨離ってなんだ
そんな簡単に捨てられるほど俺は自分だけの空間を持ったことがない
なんで他人が価値を決めるんだ
わからない

憎い
憎い

NO MUSIC, NO LIFE? ~この言葉はタワレコ発らしいぜ~





皆さんは音楽がない生活を想像したことはありますか


ちなみにわたしはありません
想像できないからです




音楽というのは何処にでも住み着いてます
呼ばないと出てこないけど呼べば出てきます




こんなことをしたことがある人はいると思うんですけど

テレビCMで音楽が一切ないCMを探したことある

そんな人いませんか


わたしはそれを小学生の頃に初めてやってみて
今でもたまに探します

小さい頃にはローカルのCMだけでなく
全国CMでも極稀に1つはありました

現在音楽がないCMは長らく出会っていません

それくらい当たり前に音楽があるんですね




この世の中には音楽が嫌いという人
楽家が嫌いという人もいます

でも
じゃあたった今から音楽を絶った生活になります
となって
次の瞬間その人に音楽が聞こえなくなり考えることもできなくなったら
そんな人も非常に困惑するんじゃないかと思います

それくらい当たり前に音楽があります





何を言っているんですか?
音楽なんて聞かなくても生活はできるじゃないですか

と思われる方が大半だと思います
その通りです

音楽は意識しないと見つからないんです
だから別に無くても問題はないんです

たとえば一定の足音
たとえばエアコンの風の音

それも音楽と感じれば音楽です

でも意識しなければ音楽ではないです


それでも困惑すると思います



先程テレビCMの話をしましたが
テレビCMに音楽が一切ないとどうなるか想像できますか

商品のおなじみテーマソングはもちろんない
雰囲気だけでタイアップされている曲もない
どこかしらから転用されてきたクラシック音楽のBGMもない
CMの登場人物が口ずさむこともない
コマーシャルされている店のリズムに乗ったキャッチフレーズもないし
社名ロゴが表示される時のメロディーすらない

例えを1つ挙げると
TOSHIBAのCM

ロゴが表示されるされる時

TOSHIBA Leading Invitation」

というアナウンス
の後ろでメロディーありますよね

それが無いんです


そう考えると本当にテレビに音楽って蔓延っていると思いませんか
だからテレビを見ていたら音楽が好きじゃない人でも音楽が消えたとき違和感がすごいと思うんですよね





とかここまで長々書いてきたけど
わたしは「音楽がなければ生きていけない」なんて文言は毛頭信じていません
音楽は生活の糧ではなくあくまで娯楽であると考えています

そりゃ音楽家からすれば生活の糧ですが
わたし達は別に音楽を好んで聴かなければ死ぬというわけではありません

言うなれば
No Music, No Life
という言葉は
神様に受験受からせてください
と願うのと大差ありません
つまりいてもいなくても一緒です
信じたい人が信じる道です


音楽が無ければ生きていけない
なんて本気で言っている人なんていません
それを100%本気で言ってたら正直ヤバいので
一人立ちできるように職業訓練を受けた方がいいと思います

自分にとってそれがエネルギーになるというのはわかります
でもそれが生命維持装置にはなりません
だから冗談3割くらいで言ってます
みんな



それでもわたしは自分が生きるのに必要なくても音楽があってほしいから聴いてます



何が言いたいかって
マジレスしちゃうのは恥ずかしいですよ
ということです






ていうか
見切り発車で記事を書き始めたら
何を書こうとしたか忘れてしまってこんな感じになってしまいました

締まり悪すぎですが多目に見てください

4秒のクロノスタシス



秒の単位で行動を見たときに
水溜まりに張った氷を踏んで割るように脆く
速く進む世界の自転に驚く 
音楽プレイヤーで選曲しているうちに 
25回動いた秒針が 
同じ数だけ脈拍数を切り刻んでいく

考えれば考えるほど陥っていく
いつの間にか経過していた4秒間を
どうしてか妬ましく憎んでしまう
眼鏡を取りかけたら4秒
鞄を持ち上げ向きを変え歩き出したら4秒
4秒が5回続けば20秒になって
それを3回繰り返せば1分になる
背筋が凍るように速すぎるのが
恐ろしくて気が狂いそうになる

亜音速に飛ぶ戦闘機よりも遅い僕達は
いったい何者なのかなんて考えてしまう
ドラえもんの秘密道具の使い途を考えるより不毛
しかし意識し出したら止まらない
怖い話を聞いて夜にトイレに行けなくなるようだ

そうなると今度は言葉を口にすることも惜しくなる
音楽を意識すれば聴いている時間が無駄に感じる
ひかりの先にのぞみが現れたように
形にせずに思考のみに集中することで
頭の中では無駄なんてないと思い込もうとするのだ
世界中を見てきたような顔する先駆者や時間は
そんな無駄な足掻きを見て一瞥してそっぽ向くんだ


僕達は時間の籠に囚われてる
恒久に続く時間に苦悶して
人生と地球環境に悪いものを吐いてる

そして今日もだらだらと重たい頭を持ち上げて
予定のない休日に何度も読んだ漫画を読み返す
時間をかけて温泉卵を作り
それをご飯に乗せて一瞬でかき混ぜてしまう
なぜだろう
決まってる
うまいから

音楽も用法用量を守って無理せず流されずに嗜みましょう


オフ会で出会った人が
ボカロ追うのに疲れたそうだ
みんなに併せて楽しんでいくのが面倒になったそうだ




今でこそたくさん存在しているのを認識されているが
昔はヲタク≒男性のイメージが強かったそうな
女性は上辺だけ掬って流行に合わせる上に飽き性
という印象が強く残っているし今もそれは根強いだろう
そのため女性を徹底して排他する流れがある
実際それで長く息をしているものもある


でも今回話したいのは男女差の話じゃない

周囲に合わせて追っかけをしなきゃいけない空気の話
好きも程々にしないと好きじゃなくなるという話


どんなものにも愛し方があって
それに個人差がある

ボカロ追うのに疲れた人はその愛し方のペースを他人に合わせた
だから疲れたんだ


恋しているとき
妄信的になっているとき
そのエネルギーは自分のこの想いは永遠なんじゃないかと錯覚させられる

だけど疲れて冷静になったときに思い直す
果たしてそこまでしている自分は本当にこれを楽しんでいるのか?
恋愛で言えば倦怠期に入る

その時に自分のペースや距離を見極めて
そこに収まるようにいられるかどうかが
今後そのジャンルを自分が好んでいけるかにかかっているかだと思う
それをやる価値もないと思えばそこまで
決して悪いことではない

しかしその時に周囲が盛り上がっているからと
自分のスピードを測る暇もなく周囲に合わせてしまうと
やりたくないのにやらされているようで嫌になってしまう
それでそのジャンルを毛嫌いしたり冷めてしまうのは
なんていうか悲しいものがある

その時に冷めてしまうようなものならその程度だった
と一蹴してしまうのは簡単だろう
しかし人によって好きの度合いも愛し方も違う
自分のペースを邪魔され続けたら誰だって嫌になるのを否めないだろうよ


だから好きなものに対して
流行に乗るのは結構だけど
恋の始まりの盲目状態で突き進むのは程々にしよう
それで突き進みまくって急に冷めて手放されるのは
その人だけでなく周囲も
その提供していた側も迷惑している
そして悲しいんでいる
是非自覚してほしい






これで終わってしまったら

なんで男女の話をした!女性蔑視だ!

LGBTだかPUBGだかの団体から怒られてしまうので
なぜ最初にその話をしたのかがここから

予め言っておくけど
これは尊卑や優劣をつけるものではないというのは認識しておいてほしい


俺は個人的に男女では決定的に立場の違いがあると考えている
これは前々からずっと思っていること

よくある台詞
「流行りに乗らないとハブられる」
これは女性社会を如実に表していると感じる

また女性は恋バナが好きとよく言われるのは
盲信を神格化したい心理が表れていると感じる


この二つを合わせたときに生まれるのが冒頭の
上辺を掬って流行に合わせる飽き性
になると思うわけです

掃いて捨てるほど飽和した娯楽の中から1つを選り好み
それを流行にすれば誰もが食い付きそれに乗れなければ排斥されて
誰もが群がっている中で自分が楽しむペースも探せないまま楽しいかもわからないうちに
神にされた流行が燃え上がっていく
そして倦怠期が訪れて誰かの声を合図に
終わらされたり乱されたりして吐いて棄てられる

その時に残るのは本当に僅かだったりする


だから女性は悪だ、ではない
そうさせてしまう環境にいるのは大変だなあとは非常に思うけど
その点ヲタは外との接点を除いて個人でやりたいようにマイペースで活動しているから良いね


女性にヲタクのイメージが無かったのは
周りに合わせて溶け込む空気を大切にしているから表層に見られにくいこと
また流行を追う傾向が強いと思われていることなどからではないかと
考えていますが皆さんはどう思いますかね


こういうところ
好きなものがわからなくなるのにも似てるように感じる




まあだから
性別なんか関係なく
やりたいことを自分のペースでやりましょう
てかやれたらいいよね
でもその好きな世界に飛び込むときは
その世界のルールや暗黙の了解に従うようにしよう
世間で聞いたらあなたの意見が正しくても
その世界ではそういう風にやっているんだからそれを壊さないように
自分に合わないからといってそこのそのルールを晒して自分が正しい!とか主張するやつが現れるから嫌われるんだよ

周囲に溶け込む空気を守る性質がある
ということは
周囲も自分の流れに巻き込む性質もある
ということ
つまり普通と違えば同意を簡単に作れる
仲間を簡単に集められる

どんなジャンルも突き詰めれば突き詰めるほど
一般社会とは離れていく
だけどそれはそのジャンルを形成し支えてきたものでもある
簡単に崩しちゃいけない


流行のエネルギーというのは本当にすごい
その市場の価値を一変させてしまう
上にも下にも
号令が上がればそれを操作してしまう女性社会が怖い

それが嫌で女性をお断りしている場所がある


日本はなおさら女性に頭が上がらない傾向があるらしいけど
それは逆に差別だと感じる
その差別が当たり前になってるからもう終わりだなとも思うよ




じゃあ男性社会が正解か?と聞かれたらそれはない
男性のみで形成される輪にも問題はたくさんある

けど今回の話とは少し逸れるからまあいいでしょ




今は
死なない!
とか言ってはしゃいでるガキんちょも
その内冷静になる時が来る
いざって時に自分のペースを保てるかどうか
そこは性別年齢関係なく
冷静に見定められたらいいね

好きなものは無理のないペースで
美味しいものも動けなくなるくらい食べ過ぎたら苦しいからね
美味しく食べれるくらいにしましょうね



というお話でした


それではここで1曲お聴きください

ミオヤマザキで 女子高生




m.youtube.com






ちなみにわたしもボカロを離れていた時期がありました
オフ会とか行きまくってペース保てなかったり
人生の辛いの誤魔化すために音楽聴いてたり歌ってたり
そんな時にめんどくさくなりました

きっと離れるときなんてそんな感じですし
程々にしたいもんですね



なお今は人生つらくてミスチルから離れてる模様
周りが盛り上がってると冷めたりもするよね
まぁアルバムは買うし聴けば最高って思うんだけど






全く関係ない話になるけど
フォロワーさんのキャスが聴きたいです




眼鏡をかける前より眼鏡をかけてからの方が
夜の街明かりが汚く見えた
街の中にいるとそんなものなのかも
警察庁の章にスプレーで落書きされてるんだもん

「ヒーロー参上!!」ってね




おわります

寝るまで




今下書きにポエムがあるんだけど
自分であんまり気に入ってなくて
なんか邪推されるのも嫌だし
恋愛ぽい感じでなんかそれも含めて出しづらいし
だからって気に入ったとこだけ抜き出すのも違うし
全体的に高校生の書いた稚拙な文章みたい

まぁ他のやつもそうでしょ
だからブログ更新する度に自分に嫌気が差す
やりにいったり
上手いこといかなかったり
嫌になる


自分のブログなんだから雑に書いとけばいいんだけどさ
ツイッターやキャスと変わんないからさ結局

新しいことを挑戦探索してみる元気もないしね
ネタというか候補はあるんだけどね
やってみたいことの

体調崩すペースが早すぎるし
余裕もないし
気力や今のモチベが目標を見失ってる感半端なくて

無人の倉庫に侵入できたけど
どのものを鍵がかかっていて使えなくて
結果としてなにもできなかったような
そんな気持ち
それを繰り返しているような感覚



どうやら眠剤が効いてきたみたい

ほどほどにわたしも

退屈とか寂しいとか
贅沢な悩みだよね